ぼくは父親から「淡水魚はできるだけ食べるな、特に生で食べるのだけは絶対に止せ」と言われて育てられました。
背景には父親の淡水魚嫌いもあったのだとは思いますが、それ以上に「淡水魚の寄生虫は怖い」という認識が強かったためでしょう。父の故郷である岡山県南部には、フナを好んで生食する文化があり、もしかしたらやばい目にあった人の話を聞いたことがあったのかもしれません。
ただ結果としてコイ科淡水魚を食べる機会に恵まれなかった自分は「コイ科の魚ってどんな味なんだろう、そんなにまずいのかな」「大人になったら自分の意志で淡水魚を好きなだけ食べたい」という念を強めながら育ち、大人になるころにはすっかり淡水魚生で食べるマンとなってしまったのでした。
まあでもそれはそれとして淡水魚(とくにコイ科)には怖い寄生虫はいますので、むやみやたらに生食すべきでないのは間違いありません。
雷魚を生で食べてみた
さて、そんなリスキーな「淡水魚の生食」の中でも、最高峰に位置するのではないかと思われるのが「雷魚の生食」。
わが国には戦前に食用魚として持ち込まれ、現在も外来魚として各地に定着している雷魚。雷魚とは実は総称で、多く見られるのはカムルチー、九州など一部にタイワンドジョウやコウタイといった魚がいます。
これらの雷魚は内陸部における貴重なたんぱく源で、また美味しい食材として人気がありました。そうなると「生食」を行う人も出てくるのが我々日本人の性、福岡県や千葉県など淡水魚の生食が盛んな地域では、コイなどと同様に雷魚も刺身や洗いにされて食べられてきたようです。
しかし雷魚の体内には有棘顎口虫(ゆうきょくがっこうちゅう)という恐ろしい寄生虫がおり、罹患すると体内をはい回り、時に眼球や脳に入り込んで重篤な症状を引き起こします。そうならなくても皮下をはい回り、壮絶な痕がいつまでも残ります。
特に雷魚食が盛んだった筑後川下流域では、皮膚に筋模様のついたご老人が今でも少なくないという話です。「雷魚を食べるとこぶができるから食べたらいかん」なんて言われて育った人の話も聞きました。
しかし今回、ぼくはそんな雷魚を生で食べてみることにしました。理由としては「そんなリスクをしょってまで生で食べられてきたんだから、よっぽど刺身がうまいのだろう」と思ったこと、そして「我が家の業務用冷凍庫に本気出してもらえば殺虫は可能」ということ。この2つの条件がそろえば、美食を追い求める野食ハンターとしてはトライせざるを得ないのです。
というわけで、カミツキガメハントなどでお世話になっている、千葉県の内田さんのところから大きな雷魚を1匹いただいてきました。
本当は釣りで採りたかったのですが、内田さんから「今時分はもう寒くなってきて、雷魚も本流(利根川)の深みに落ちちゃってる」と言われたので、ご自身で食べるように活かしていたという1匹をいただくことになったのです。
ちなみに内田さん曰く「洗いで食うと美味しいよ」とのこと。。
70㎝ものサイズとなると、やはり顔がでかいです。ぼくのげんこつより大きい。
まるでヘビやワニのような強固な鱗に覆われており、英名スネークヘッドは伊達ではないと思わせます。生命力も強く、首の骨を切断しても平気で動いていました。
ちなみに海外では高級食用魚とされる雷魚、アメ横の地下で以前見かけたときは、45㎝くらいのやつが5000円で売られていました。アカムツより高いじゃん。。
腹腔が尾鰭の近くまで続いていて、捌いたときにびっくりしました。浮袋が大きいのは、渇水時に空気呼吸を行うためなのでしょうか。
3枚におろし、キッチンペーパーに包んで冷凍庫へ。‐20度以下で48時間きっちりと凍らせます。
解凍し皮を引くと、きれいな白身と鮮やかな赤い血合いが姿を現しました。とても川の魚には見えませんが、海の魚にもあんまりいなさそう……見た目はボラですが身質はマツダイとかそっちよりですね。脂は多少乗っているようです。
これを、お刺身に。
じゃーん!
頭でっか
ほぼ頭ですね。飾る必要あったのかな?(皆無)
まあとりあえず、食べてみましょう。
長年あこがれてきた雷魚の刺身、いただきまーす!!
……(‘ω’)フツー
うーん、なんかめちゃくちゃ肩透かしです。
ぶっちゃけて言うとそんなに美味しくないというか、歯ごたえはいいんだけど旨味があんまりありません。捌いてすぐ凍らせたので旨味が出る暇なかったというのはあるでしょうけど、それでもフナやコイと比べるとなんだか味に幅がない。
食感だけは非常によく、歯ごたえがありながらもサクッとした歯切れの良さもあり、新鮮な根魚を食べているかのようです。小骨は多少ありますがコイほどは気になりません。
これはあれだ、旨味を添加できる味の濃い調味料で食べないと美味しくないな。。
ということで酢味噌をかけてみましたが、これが正解。歯ごたえの良さを引き立て、またごくわずかな川魚の風味が酢味噌の香りとよく合います。醤油で食べたときには感じなかった多少の脂っ気も感じられました。やはり川魚と酢味噌は相性抜群です。
さらに言うと、洗いにしてしこしこした食感を出せばもっとよく合うでしょう。でも洗いは生きたままさばいた切り身でないとうまく締まらないので、危険を考えると作ることはできません。
思うに、雷魚の刺身が珍重されたのは、コイを除くとなかなか刺身にできそうな大型魚が手に入らない内陸部でも容易に手に入ったこと、そして海水魚にも負けないほどの食べ応えがあったことが理由なのではないでしょうか。各地の魚が容易に手に入るようになった現代で、重症のリスクを負ってまでこの魚を生で食う理由はほぼないなと感じます。
ただそれでも、これを食べて育った方にとっては思い出の味なのでしょうし、それを「危険だからやめなさい」なんて野暮なことを言うつもりはございません。何を食べるか、どうやって食べるかということは、各人がリスクを天秤にかけながら決めればよいのです。
ちなみに、顎がめちゃくちゃに発達している雷魚、ほほ肉もやっぱり発達してます。おそらくこれが全身の肉の中で一番うまいんだろうけど、そもそも加熱したほうが美味しい魚だろうと思うので、残った部位と一緒にスープにでもしようと思います。
内田さん、ありがとうございました!
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