静岡県は駿河湾という世界最深の湾、そして深海に直接注ぎ込む富士川・大井川などの大河川を抱え、あらゆる海の幸を前海でまかなうことができる極めて恵まれた環境にある。
特に河川の恩恵は無視できない。
サクラエビが表層に上がってくる理由も、河川がもたらす豊富なプランクトンにあるというし、アブラソコムツが富士川に入り込むことすらあるらしい。
穫れる種類数だけで考えれば世界一なのではないだろうか。
にもかかわらず、僕が静岡に魚を買いに行く機会はそれほどない。
なぜか。
市場と魚屋に魅力がないからだ。
海あり県の例にもれず「朝市」「直売所」は静岡県内各地に星の数ほどある。
しかし、ほとんどの場所で売られているのは干物と冷凍マグロ・カツオばかり。
特産品コーナーも、「伊豆はイセエビ」「西駿河湾はシラスとサクラエビ」ばかりで、他県と比べて非常に画一的でつまらない。
最初のうちは、どこも観光客向けにしてしまっているのだと思った。
しかし、街の魚屋やスーパーなど、明らかに観光客向けではない店に行っても、並んでいるのはやっぱり干物と赤身魚なのだ。
ヒラメやマゴチのような高級白身魚でさえ少なく感じる。(これは赤身魚の水揚げが多い土地に共通するが)
ひょっとすると、美味しいものが穫れすぎるので、結果的に万人受けする魚だけが残り、マニアックな魚は市場から淘汰されてしまったのかもしれない。
そうだとすると「食文化の多様性保全」を是とする野食ハンマープライス的には非常によろしくない事態である。
ただ、明るい兆しもないわけではない。
沼津や戸田の深海漁基地港周辺では「ごそ」や「くもえび」と言ったこれまでは見向きもされなかったような雑魚(ざつぎょ)たちの美味しさが知られ始めてきており、焼津の長兼丸さんのような個性的な深海漁師が注目を浴びている。
深海魚から始まって、だんだんもっと身近な「その辺の雑魚」の価値に静岡県の皆さんが気付いてくれるといいんだけど。
焼津でマイナー魚は買えるのか
今回、せっかく焼津まで足を伸ばしたので、この街の魚屋を巡ってみることにした。
この街には、世界に誇る日本酒蔵元「磯自慢酒造」があり、かつて酒造研修でお世話になった。
その時はカツオの腹皮を肴に本醸造酒をたっぷり聞し召したのだが、この蔵の魅力の多くは水のごとく清らかな吟醸酒にあるというのは周知の事実だ。(異論は大いに認めます)
それに最も合うのは、白身の刺身を置いて他にはない。
遠洋漁業の基地で、マグロ・カツオの水揚げが全国一位である焼津港だが、隣接した小川港では沿岸巻き網や定置網漁がおこなわれていると聞く。
これはきっと期待できるはず…
そう思って最初に訪れたのは焼津おさかなセンター。
ここは地方卸売市場と観光客向け市場が一体化した総合市場である。
場内の地図には「鮮魚販売」の文字が踊り、期待しながら入ってみたのだが…
残念ながら「鮮魚」のほとんどはカツオとマグロで、その大半が冷凍品であった。
辛うじて一店舗だけ、丸のままの鮮魚の取り扱いがあったのが
1.マルマン鷲野商店 さかなセンター店
静岡県焼津市八楠4丁目13-7 焼津さかなセンター内
確認できたマイナー地魚:チゴダラ、ツボダイチョウセンバカマ
おかみさんに「サクになった魚とかまぢで興味ないんですけど…」と伝えると「アハハハ、そしたらこの市場ではウチしか買うとこねぇだら!」と言われてしまった。
この市場はつまるところそういう場所なのである。
ちょうど漁が解禁されたばかりという超沖キンメダイを強くプッシュされたが高いので断念し、同じ網に入っていたというツボダイチョウセンバカマを購入した。
これ下さい、というと「なんだこれ、メバルかなぁ?良くわかんねぇから500円でいいら!」とげらげら笑いながら応対してくれた。
「よく分からない魚を売る」なんては世間的には眉を顰められるかもしれないが、僕にとってはこれ以上に素晴らしいものはない。
漁師さんや仲買さんは何も考えず、網に入った魚をそのまま売ってほしい。
好きなだけマージンを乗せてくれてかまわない。
マイナー魚なら、少々高くても買いますから!
2.朝獲れ回転寿司のぶちゃん
静岡県焼津市八楠4丁目13-7 焼津さかなセンター内
確認できたマイナー地魚:クログチ、ハシキンメ
さかなセンター内の鮮魚店でマイナー魚種を扱っていたのは1軒だけだったが、ご飯処でもこの「のぶちゃん」1軒だけであった。
「今日のネタ」の看板に書かれていた「めいご」「こせ」という謎のワードに強く惹かれて入店。
生サクラエビ、カマスなどで舌を整えてからおもむろにその2皿を注文。
まずはめいごから。
やや柔らかい身で、血合いの色はあまりよくないが、噛み締めると意外に脂がのっていることに気付く。
ぷりぷりしていてやや繊維質で、ジワリと広がる甘みが心地よい。
調べてみるとこれはクログチというニベ科の魚で、めいごというのは静岡での呼び方だという。
ニベ科の魚は美味しいものが多いが、鮮度が落ちるのが早いので生で食べられる機会は少ない。
そしてこせ。
こちらは伊豆の方で「ごそ」と呼ばれる深海魚ハシキンメのことであった。
何度か食べたことがあるが、キンメダイをもう少しさっぱりとさせたような味でなかなか悪くない。
市場の併設レストランにくるお客さんって、こういう「そこでしか食べられない」ものを求めてるんじゃないかと思ってるんだけどなぁ…
マグロ丼とか全国どこでも食べられるもの、いまさら売りになんないでしょ。
サスエ前田魚店
静岡県焼津市西小川4丁目15-7
確認できたマイナー地魚:ワキヤハタ
さかなセンターを出て車を走らせていると、魚マークの大きな看板を発見。
入ってみると、いかにも「仲買さんが直営している町のイカした魚屋さん」というカンジで期待が持てる。
冷ケースの中に並んでいたのは
メバ…ル…?
どうも静岡の人は、目がくりっとしている魚はすべて「めばる」と呼ぶクセがあるのかもしれない。
そうすると深海魚の大半はメバルになってしまう気がするが…
正しい和名はワキヤハタ。
深海釣りの外道の1つだが、最近では「しろむつ」と呼ばれて本命に昇格することもあるようだ。
美味しいという話もよく聞く。購入して試してみよう。
また、貝のコーナーに「茹でながらみ」が置かれていた。
実はここだけでなく、さかなセンターや地元資本のスーパーにも茹でた状態のものが売られていた。
ながらみことダンベイキサゴは静岡ではあまり獲れないようで、すべてが千葉県産であった。
静岡県民はみんなながらみが好きなのだろうか?
スーパー田子重 小川本店
焼津市小川新町1丁目13-2
確認できたマイナー地魚:チゴダラ
研修初日、杜氏さんたちの間で飛び交う「たごじゅうに行くら?」「たごじゅうにあるら!」という謎単語に戸惑ったのだが、何のことはない、静岡中部のローカルスーパー「田子重」のことであった。
第1号店は磯自慢酒造の真隣にあり、駅からやや離れているものの終日賑わっている。
地方都市で地魚を探す場合は、その土地のローカルスーパーに行くとはずれが少ない。
そういう店は「CGCグループ」という小売店同盟みたいなものに加盟していることが多いので、店頭のCGCロゴマークを確認すると良いだろう。
ここも開店したばかりであまり魚種はなかったが「のどぐろ」の切り身は普通に売られていた。
全国各地で「のどぐろ」と呼ばれる魚は数多いるが、多くはアカムツやユメカサゴのような高級魚であるのに対して、ここ静岡でその芳名を受けたのはチゴダラ。
いや、チゴダラも美味い魚だと思うよマジで。
でもさ、よそから来た人に「のどぐろの煮つけだよ」って言ってチゴダラ出したらケンカになるよ多分…?
あとは時期的なものか「とんぼまぐろ(ビンナガマグロ)」が非常にプッシュされていた。
市場の食堂でも「紅白マグロ丼」があったし、焼津ではビンナガも赤身マグロと同様に愛されてるのね。。
福一焼津流通センター
静岡県焼津市八楠170
焼津で地魚と言えばここ!といくつかのサイトでプッシュされていたので訪問。
さかなセンターと同じく卸向けのコーナーが併設されており、たくさんの地魚が並んでいた。
今回は開店直後に訪問したためあまり商品が並んでいなかったが、ポテンシャルはかなり高そう。
魚屋は多いけど、マイナー魚は少ない
その他、焼津漁協のオフィシャル直売所「ヤイヅツナコープ」も訪問してみたが、やはり冷凍赤身魚ばかりであった。
あまり言いたくないが、漁協って一番魚の価値わかってないんじゃないだろうか。
雑魚をうっちゃってしまうのも、漁協がそれを本気で売ろうと考えていないせいだと思う。
漁師さん自身は、どんな雑魚でもちょっとでも金になるなら売りたいと思っているはずなのだ。
静岡、とくに駿河湾では普通の定置網や巻き網にも、深海魚などの貴重な魚が入ってくることが多い。
いまや世界的にも注目されている漁場なのに、そこの漁協がかように画一的では不安になる。
貴重な魚、廃棄しちゃったりしてませんでしょうな…?
そんなことが起きないためにも、取りあえず網に入った魚は全部市場に揚げてみて、好事家や研究者や、安く買いたい一般消費者の目を通すようなシステムを作ってほしい。
静岡、ホントにすごいんだからもっとがんばってよ!!
コメント
素晴らしいですね
しかしマイナー魚との出会いはなかなか難しいのですね
これだけ場所を知ってると巡るのが楽しそうです。
自分も先日、近所の小さいスーパーでマイナー魚を見つけました
鮮魚とだけ書かれている、50円(安い!)の30センチほどの魚でした
~ダイと付きそうな見た目で、焦げ茶に背びれ近くに横線が何本か入っていて
口がちょっとだけ突き出ている、謎の魚でした
ウロコが非常にかたく、包丁やうろことりで取ろうとしても身にひっついてなかなか離れませんでした
身は綺麗でメジナを思わせるような見た目でしたが
刺し身で食べてみると非常に臭く、この魚特有の臭みで、焼いてもダメでした
結局調べても魚の名前はわかりませんでしたが、貴重な体験でした
長々とすみません
ちょwwwユーさんの↑これはwackyさんへの挑戦でしょwww
とりあえず私にはサッパリ想像できませんでした。
模様以外の条件を総合してミギマキ?
魚の場合、横縞と縦縞の概念がちょっと違うので、そこも考慮して尋ねると良いと思いますよ。
>せつなさん
いやーそんなつもりじゃなかったんですw
自分の場合マイナー魚にあまり詳しくないので、もしかしたら結構ありふれた魚なのかもです
とかなんとかいってたら、ミギマキ・・・これとすっごい似てます!ていうかこれですね^^
線の通り方とかしっぽの斑点とか。
色はぜんぜん違いますが、茶色のもいるみたいですね
すごいです
臭かったですが、ちゃんと頂きました
ミギマキ、いいですね!ヒダリマキもといタカノハダイは何度か食べてるのですが、ミギマキも挑戦してみたいです。
ミギマキとかタカッパを好きな人は相当魚好きだと思いますけどね。。かくいう僕もアイゴは大好物なんですがタカッパはどうにも…はずれを引いちゃってるのかな?
どうにもミギマキ、個体差が激しいようですね~
おいしいやつは美味しいらしいですよ!
アイゴ、メジナはよく釣って食べるので好きですが、やっぱ個体差激しいですよね
江ノ島で釣ったメジナとアイゴは臭みがありますが
なぜか工場地帯の福浦などで釣ったメジナ、アイゴは美味しいです
不思議だなぁ
それは僕も感じますね。東京湾奥のメジナ、結構食べられるんですよね。
アイゴはまだ湾奥にはそれほどいないけど、温暖化が進んでアイゴが入ってくるようになったら、きっとそこそこ美味しいものになるんじゃないかという気がしています。
やっぱり、磯のホンダワラ系を食べてるか、岸壁のノリ系を食べてるかの違いなんでしょうかね?
初めまして。ウツボの捌き方を求めてこちらにお邪魔しました。
自分は伊東在住ですが同感です。
鮪だの何だのの海鮮丼なんて今や何処でも食べられます。
網に入った美味しい雑魚が食べられる事こそ静岡の魅力なのでは無いかと。
自分はこの辺でたまに穫れる「ミスジ」と呼ばれる観賞魚の様な魚が
好きです。捌きにくいのですがなんとも言えない味があって
刺し身が至高です。6匹200円位です。
コメントありがとうございます!
やはり!静岡の方もそう思ってますよね。
東京からほんの2時間車を走らせるだけで、全く違った魚が獲れるのに、お店で出て来るのはアジ、サバ、カツオ、イカ…ひどいものです。
僕ら雑魚好きが声を上げていくしかないようですね。お互い頑張りましょう。
ミスジ、ですか…初耳です。検索しても焼肉のミスジしか出てこないのでどの魚かわかりません(笑)他の魚でいうとどれに似ていますか?
ミスジリュウキュウスズメダイという観賞魚に似ています。
が、黒い線が斜めに入っており、確か3本ではなく4本程度入っていたと
思います。この辺でも滅多に出ない魚なんで確認出来ないのですが
うちの両親がとにかく食べたがっており、地元の魚屋を日々覗いておりますので
続報あればお知らせ致します。
確か去年の今頃買ったと思います。
なんだろう…オヤビッチャとか??全く想像がつかないです。
ぜひぜひ続報お待ちしています!
はじめまして。
しぞーかの漁師が親戚に居ります。
変な魚、市場に回すよりけっこう良い値段で買い取ってくれるところがあるのでそこに回ると聞いたことが……(親戚のところだけかもしれないですが)
あと、大きな建屋の魚屋さんより間口二間みたいな小さなお店に変わった魚が置いてあることが多い気がしますね。
ほほう……そいつぁ気になりますな。各地の市場にそういう変わった物好きの仲買さんはいらっしゃるみたいなので、コネクションがあるのかもしれませんね。
サスエ前田魚店さんなんかはそういった小さなお店と言えるかもしれません。あの店は素晴らしいです。もっと支店とか増やしてほしい。
昔の記事に失礼いたします。
本当にそうなんです。地魚が売ってません、車を走らせ御前崎の地頭方港へいくほうが探し回るより早く、それよりも朝5時から始まる愛知県一色の漁港に2時間半かけ買い出しに行きます。一色で名も泣きものを買いまくり燻製乾燥熟成冷凍真空を四苦八苦実験しつつやり過ごしております。焼津に住んでいるのに(笑)焼津の魚はむしろ隣町で買うと安くて鮮度良いという。
最近は深海魚とかプレミアム売りできそうなものは高値で取引されるからと強気で売りに出ることが稀に。アラや魚卵も妙に強気。
釣り人もやたらと捨てちゃう。おっと、愚痴愚痴だ!申し訳ありません。愚痴るくらいなら釣りに行って自力で地魚いただきます!