それぞれの土地で熱狂的に好まれるキノコがある。
キノコは山の産物であり、峠を越えた交流が今ほど多くなかった時代に、それぞれの山に大量に生えたものが好まれるようになるのは極々自然なことだともいえる。
そういったキノコの中で、いちばんの有名どころはおそらく栃木のチチタケだろう。
「ちたけうどん」でググるとそれはたくさんの情報が出てくるし、奥日光・戦場ヶ原など観光地のドライブインなどでもふつうに食べることができる。
余所の人間にも、このキノコがいかに栃木で愛されているかが実感できる。
チチタケはハツタケと同じベニタケ科のキノコで、弾力があるがもろく、煮干しのような強いにおいがあり、さわるとベトベトする乳液を出す。
知らない人にとってはとても美味しそうには見えないキノコなのだが、干したものを調理すると良い出汁が出るので、栃木においてはうどんのダシとして根強い人気があるのだ。
さて、これが金精峠を超えて上毛国に入ると、とたんに主役の座はウラベニホテイシメジに移る、とキノコの教科書にはこう書いてある。
ウラベニホテイシメジ礼賛
こちらは正直なところ、「ちたけ」ほどの熱狂ぶりは感じられない。
確かに国道沿いの直売所ではしばしば売られているし、「いっぽんしめじ」という俗称もつけられてはいるが、それは山梨や長野などほかの県でも同様だ。
(後述するが、和名「イッポンシメジ」という毒キノコが存在する)
チチタケの「ちたけうどん」みたいな、それを使った有名な郷土料理がないのがその原因かもしれない。(有名でないものはいくつもあるのだろうけど)
それでも、群馬に限らず様々な土地で愛されているキノコであることは間違いない。
僕も、チチタケよりこちらの方が好きだ。
理由は…ずばり大きいからである。
高さ30㎝、傘径20㎝ほどにもなるうえ、中実でしっかりしているので非常に目方がある。
脆いキノコなので扱いが難しく、持ち帰ってきたときにはバラバラになってしまっていることも多いのが玉にキズだ。
そして、歯応えもいい。
太い軸を見ると、エリンギのようなコリコリ感を想像してしまうのだが、実際は丹波しめじ(栽培ハタケシメジ)やエノキタケを束ねてひもで縛ったような
「ジャキジャキジャキジャキッっっッっ!!!」
という脳天に響くシャキシャキ感である。
「鍋にはエノキタケじゃないといや!」「ウルセェ俺はしめじ派なんだ!」とケンカの絶えないカップルには大変オススメと言える。
形もたいへん良い。
これなんかどう見てもマリオキノコである。
どちらかというと1upキノコだろうか?
「裏紅」キノコは好き?嫌い?
上記のような愛されスキルを持ちながら超一流になれないのには、いくつか理由がある。
まず苦みがある。
これは個人的には欠点と思っていなくて、非常にさわやかな「ほろ苦さ」だと思うのだが、どうもダメな人には全く受け付けないようだ。
ニガウリが食べられてこのキノコが食べられないというのも不思議な感じがする。
「キノコの苦み=毒」という無意識下の拒否感があるのだろうか。
匂いも気になる人がいるようだ。
「粉臭い」というやつである。
天然キノコの香りは一般的に、下のような表現が使われることが多い。(右に行くほど不快)
キノコ香⇒キノコ臭⇒粉臭⇒ほこり臭⇒かび臭・土臭
粉臭さとは、さわやかなキノコ臭に少しばかり土埃の不快感を混ぜたような、まじまじと嗅ぐと真顔になるような類の香りである。
掃除していない古本屋ではたきをかけながらエリンギをくんくんと嗅いだら同じ気分になれるかもしれない。
個人的に粉臭い系のキノコ臭は気になるタイプなのだが、ウラベニホテイシメジのそれは全く気にならないので、個体差が大きいのかもしれない。
さらには、先入観もあるだろう。
日本のアマチュア向けキノコ図鑑の最高峰ともいえる「山渓カラー名鑑 日本のきのこ」(今関六也・大谷吉雄・本郷次雄、山と渓谷社、2011.12改訂新版)では以下の通り書いてある。
“大型でボリューム感があり、歯切れのよさが身上。キノコそのものは、ややうまみに欠け、あまりだしは出ない。全体的にほろ苦く、多少粉臭が気になるので、さっとゆでこぼして料理するとよい。” -引用ここまで-
権威のある図鑑にここまで言われてしまうと、食べたことのない人には「なるほど、あまり美味しくないのね」と思われてしまってもおかしくはない。
(ちなみにこの一節はWikipedia「ウラベニホテイシメジ」のページでまるまる引用、もとい剽窃されていたのでそっと修正しました)
そして、最大の欠点はずばり、見分けが難しいということである。
ググればいくらも出てくるので詳細は省くが、同じイッポンシメジ科の毒茸「クサウラベニタケ」ならびに「イッポンシメジ」の2種とは、知らない人にはまず区別できないほどに似ている。
どちらも傘の裏の「ひだ」がピンク色をしており、全体の色や雰囲気もとても似通っているのだ。(裏紅という名前もここに由来する)
キノコの中にはいくつかの条件を組み合わせて、すべての条件がかみ合った場合にしか食べてはいけないものが存在する。
ウラベニホテイシメジはまさにそれに当たる。
以下、それぞれの「裏紅」キノコの特徴と、その特徴を持つ個体の割合を主観的に述べたい。
●ウラベニホテイシメジ
1.柄が長く、地中深く伸びる(90%)
2.傘径が10㎝を超え、肉厚でしっかりしており、持ち重りする(80%)
3.傘がきれいな円錐形に近く、表面が滑らかで、開いても中心は突出する(80%)
4.柄が中実で、ねじれがある(70%)
5.かじるとやや甘いが後味に苦みがある(70%)
6.傘に粉をふいたようなかすれがあり、指で押したような斑紋がある(50%)
6がとくに有名だが、無い個体も多いので僕はあまり参考にしていない。
逆にこれがあればほぼ間違いなくウラベニホテイシメジなので、そういう意味ではたいへん参考になる。
●クサウラベニタケ
1.傘径は大きくても10㎝前後(95%)
2.傘は滑らかなドーム状で開くときれいな円形になる。まれに波打つ(80%)
3.柄は傘に対してやや細く、中空でつまむとつぶれる(80%)
4.かじるとキシリトールガムのようなさわやかな甘みがある(70%)
かじって甘いのが毒のクサウラベニタケ、苦いのが食用のウラベニホテイシメジとされるのだが、とくに雨のあとは分かりづらい。
●イッポンシメジ
1.とくに若いとき、傘が強く波打つ(90%)
2.柄は太く立派だが中空で、持ち重りしない(90%)
イッポンシメジはもう10年近く前に、秋川渓谷で大量に見たものしか経験が無いのだが、若くてしっかりした、高さ10㎝を超える幼菌を大量に持ち帰ったらすべて中空だったので強く印象に残っている。
ふつう「柄が中空」といった場合、中心部の繊維が少なくスカスカになっているものが多いのだが、このときの個体はすべて中心に見事な空間が存在した。
クサウラベニタケは報告されているだけで毎年数十人の中毒者を出している「毒キノコ御三家」の1つである。
個体によっては株立ちしてホンシメジに似てみたり、春に出てハルシメジ(シメジモドキ)に似てみたりと変幻自在のトリックスターだ。
あの手この手で初心者を腹痛ワールドに誘い込む。
まあでもこれくらいのハードルが無いと、キノコ狩りは面白くねェでさァ…!
ウラベニホテイシメジは本当に美味しい
さて、厳しい審査を経て、無事台所までやってきたウラベニホテイシメジたち。
調理にあたって、かつては僕も一度茹でこぼしてから調理していたが、最近ではもったいないので殆どやっていない。
なぜならこのキノコの柄には大変強い旨味があることが分かったからだ。
ことの発端は先月、友人の結婚式で福岡に帰っていた時のこと。
うどんの名店「かろのうろん」に向かうも超満員で入れず、近所のちょっと変わったうどん屋に入り、博多名物「ごぼう天うどん」を注文した。
すると出てきたのが、ごぼうを拍子木切りした一般的なスタイルのものではなく、ぶつ切りにしただけの天ぷらが乗ったうどんだった。
これが非常に歯切れよく、ごぼうの香りたっぷりのエキスが中からじゅわっと流れ出してきて美味しかったのだ。
このときにふと「ウラベニホテイシメジの柄も、ぶつ切りにして揚げてみたらごぼう天みたいで美味いんやなかろーか?」と思ったのだ。
帰ってさっそくやってみた。
一口かじって、自分のもくろみが大成功だったことを知る。
丸のままの柄の天ぷらをかじると、その心地よすぎる歯応えの中から大量のエキスが飛び出してくる。
それはホンシメジと同系統のこっくりとした旨味だった。
後から追いかけるように苦みがやってくるのだが、高温の油のおかげかかなり弱められており、しつこさを打ち消す要素として機能する。
食感は軽く、天つゆにつけて食べればいくらでも食べ続けられそうだ。
味:★★★★★
価格:★★★★☆
これまで、苦みを流すために割いてから茹でこぼすことが多かったのだが、そんなことは今後二度とするもんかとと誓った。
そのほかには、同時期に採れるほろ苦キノコ「サクラシメジ」と一緒に、さっと茹でてから白だし、みりん、砂糖で薄甘く似つけた煮物や、
鮭と一緒にホイル焼きにしたり、ごま油で炒めて食べてみたが、どれも歯ごたえ良く美味しかった。
やはりヌメリが無く繊維質で旨味があるキノコはどんな料理にしても美味しい。
チチタケとは全くタイプが違うが、出汁を取ってうどんにしてみたら郷土料理っぽくなるんじゃないかと思ったら実在してるっぽい。
これも今度やってみよう。
ちなみにそのまま網焼きにもしてみたが…これはちょっと苦くなりすぎてしまった。
実は栽培向けのキノコじゃないか
キノコを栽培すると、柄ばかりが長くなって傘が開かなくなるものが多い。
エノキにしろエリンギにしろ、天然ではもっと美しいプロポーションをしている。
傘の方が肉質で美味しいキノコが多い中、栽培品の形状はキノコ好きにとってはやや残念な要素だ。
しかしウラベニホテイシメジに関して言えば、傘の断面のほとんどはひだであり、肉は非常に少ない。
つまり、ウラベニホテイシメジの魅力のほとんどは柄にあるのだ。
栽培方法が確立して、やたらと柄が長いウラベニホテイシメジが作れるようになれば結構ヒットするのではないかという気がするのだがどうだろう。
根生菌だから栽培は難しいだろうけど…
コウタケと違って長期の保存はできないキノコ、今年もぼちぼちシーズンオフかな。
また来年も楽しめますように。。。
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