ゴールデンウィークは野食好きにとって最高のイベントだ。
山菜と春のキノコが見られるうえ、ランにもサイクリングにも抜群の気候で気軽に散策に行くことが出来る。
例年この時期は自転車で遠出をするのだけれど、今回は前々から挑戦したいと思っていたトレランを行いながら食材探しをすることにした。
平地の食べられる野草は多少旬を過ぎてしまっているが、標高のあるところならまだ食べごろのものも多いのではないかと考えたのだ。
JRと2本の私鉄を乗り継ぎ、さらにバスに45分ほど揺られてT山登山口へと到着した。
登り口では満開のアケビの花が迎えてくれた。
クマバチが忙しそうに花粉を集めている。
気性が穏やかでめったに人を襲うことがないクマバチの性質はよく理解しているつもりだが、やはりいきなり羽音が聞こえてくると反射的に腰を低くしてしまう。
野食ファンの御多分に漏れず筆者もハチのアナフィラキシーもちなので、次刺されてしまったらオダブツかもしれないのだ。
ちなみにクマバチは一夫一妻制のおとなしいハナバチで、初夏に広いところでホバリングしているのは基本的に雄(刺さない)なので近寄っても大丈夫である。
スズメバチよりも小さく、ずんぐりむっくりしていてかわいい。
山中で枯れ木の洞に出入りしているものは雌(刺す)の可能性があるので、近づかない方がよいかもしれない。
10:44 状況開始。
ランを始めるとすぐに目に飛び込んできたのがこの謎のタケノコ。
沿道にポツリポツリと顔を出している。
ネマガリタケよりはかなり細く、長いものでも25㎝ほどの大きさしかない。
試しに根元から折り曲げてみると、小気味よい音がして簡単に折れた。
タケノコの仲間で有毒のものは聞いたことがないので、周辺に生えていたもののうち、5本ほどをいただいて持ち帰ってみることにした。
進んでいくと、人気山菜のヤブレガサを見つけた。
小さい個体だったうえ、葉が開ききってしまっていたので採集はしなかったが、形のユニークさに感動し、何枚もシャッターを押してしまった。
地面から直立する葉柄の上に、敗れたこうもり傘のような葉が伸びている。大きくなったところをこれほどまでに想像することが出来ない芽も珍しいのでは…
体力があるうちに距離を稼ぐべく、小走りで駆け上がる。
道中いくつかのキノコを見つけた。食べられるものはあまりなかったが、前日の雨でみずみずしく光り輝いており、とてもフォトジェニックだった。
このタマキクラゲは普通のキクラゲより柔らかくゼリーっぽい。
意外にも黄粉と黒蜜が合う…と思う。(オオゴムタケみたいな)
おなじみニガクリタケもいい状態のものが見つかった。
この登山道では晩秋になるとクリタケとアカモミタケが出迎えてくれる。筆者はキノコのシーズンの締めくくりに必ずここへ来るようにしている。
さて、キノコたちを夢中で撮影していると足元から殺気を感じた。
T山名物ヤマビルのお出ましだ。
ものの30秒でも立ち止まると、四方八方から寄ってきて靴に取りつき、体をよじ登ってくる。今回は3匹ほど靴にくっついていた。
以前、何も知らずこの山にキノコを採りに来て、5か所ほどやられてしまったことがある。
その時は毒の吸出しなどを行わなかったため、完全に止血したのは3日後のことであった。
それ以降、5月から10月まではあまり近寄らないように心掛けている。
ちなみに今回は靴下の上にレッグウォーマーを履き、皮膚の露出を0にしていたので、仮に登られても被害を受けずに済んだだろう。
特にヤマビルの多い、M湖方面から登る人は皆、足首周りを厳重にガードした格好をしている。
しかし、今回はT山の逆サイドに下山してみたが、皆驚くほどに軽装で、くるぶしまでのショートソックスで登ってくる人も多かった。
これ以上生息域が拡大しないように対策を打たないと、じきに全ての登山道が、文字通り鮮血で染まるだろう。
12:00 T畑山山頂
途中いくつかのピークを通過するが、その中の一つに、山頂広場にカラマツが植林されているところがある。
関東においては通常1000m以上の標高で見られるカラマツだが、ここは760メートルほどしかない。植林されたのでおとなしく生えているのだろうが、本来はあまり向いている環境ではないのかもしれない。
しかしこのカラマツのおかげで、僕の知る限り神奈川県内で唯一ハナイグチが採れるところとなっている。人気のキノコで特に長野で珍重されていると聞く。
実は筆者はあまり好きなキノコではないのだが…
このピークで一休みしていると、ウバユリの葉の下でかわいらしく佇むアミガサタケの幼菌を発見した。
周辺にバラ科の樹木があるのかと思い探してみたが、カラマツしか見られないようであった。
アミガサタケには菌根を作るものと腐生菌の性質をもつものがある(あるいは条件によってどちらかになることが出来る)らしいので、ウッドチップを分解しながら生育しているのかもしれない。
あまりに愛らしいので採集はしなかった。
更に進むと、今度はモミジガサ。
ヤブレガサと同じく人気山菜で店で売られていたりもするが、これまた小さい個体だったのでスルーした。
高尾山ではよく露店が出ているので、簡単に手に入る。お浸しがおいしい。
Tの登山道で見られる個体はどれもとても小さい。大きいものは、わかる人が既に採って行ってしまったのだろうか。
ぐんぐん標高を挙げていくと、やがてモミの中にウラジロモミ、そしてブナが混じるようになる。
海からも近いので霧が発生しやすく、ブナの荘厳さと相まって深山の雰囲気を醸し出す。
食材になりそうなものはなかったが、ブナの実の殻がたくさん落ちていた。
かつてはこの中身をすり潰し、そば粉のようにして利用していたとも聞いている。
機会があればやってみたいが、ブナは豊作と不作の年の差が激しい。
頑張ってここまで登ってきて不作だったら目も当てられないし、おなかをすかせたツキノワグマにエンカウントしたらお終いなので二の足を踏んでしまう。
もっと身近に手に入るようなところはないだろうか。
山頂が近づいてくると、バイケイソウの群生が一斉に目を出していた。
ギョウジャニンニクやオオバギボウシに似ているため誤食が絶えないと言われているが、葉がとても苦いので普通にしていれば間違えることはないように思う。
バイケイソウ自体かなりの強毒なうえ、この葉を妊娠14日目に食べた家畜が揃って一つ目の奇形仔を生んだという特異的な事故が起こっている。この事故はヒトにも起こりうるものらしい*1
あくが強いものも多いし、妊婦の人はあまり山菜自体食べない方がよいかもしれない。誤食は誰にでも起こりうるものだ。
「ニリンソウとトリカブト」のような致命的なものも、毎年のように誤食事故が起こっている。筆者も以前、人気山菜のアマドコロとよく似た「オニドコロ」を食べてしまい、肝を冷やしたことがある。
15:00 山頂到着。
道中は曇っていたが、山頂はきれいに晴れ渡っていた。
すれ違ったカップルに「日帰りですか?」と聞かれたので「はい、頑張って駆け下ります」と強がって返事をする。実際膝はすでに笑い出していて、気圧のせいか頭痛もひどい。
一度も上ったことがない1500m級の山でトレランは無謀だったということに、いまさらながら気づくが、山小屋に泊まる準備もしていないので頑張って下山するしかない。幸い、天気は抜群に良かった。
山頂から南側に下っていくと、クマザサの下生えばかりになり山菜、キノコ共に望めなくなってしまった。景色・展望は断然こちらの方が良いのであるが…
かなり下まで下ってくると、スギの植林の下にミツバやゼンマイが見られるようになってきた。
しかしこれらが生えるような湿った土地は、ヤマビルにとっても抜群の環境となっている。
泣く泣く採取をあきらめ、ズームレンズでの撮影にとどめることにした。
18:00 O倉バス停着
ぎりぎり日暮れの前に下山することが出来た。
M湖畔から三峰を駆け抜け、バカ尾根を降りてくるこのルートで、所要時間7時間10分というのはトレラン的に優秀なのだろうか。
そもそもランといいながら走っていたのは全体の10%ほどで、それでも最後は膝が笑ってしまいまともに階段も下れなくなってしまっていた。
まだまだ修行が足りないようだ。
帰宅後、さっそく例のタケノコについて調べてみた。
どうやらスズタケという種類で、ブナの下生えとしてネマガリタケと同様の生え方をするらしい。
近年急激に減りつつあり、とくにT山周辺では貴重な存在になっているようだ。
数本にとどめといてよかった。というかそれ以上取るにはヤマビルが怖すぎたのであきらめただけだったのだが。
さっそく鍋に湯を沸かし、水煮を作る。
煮ると赤みがかっていた外皮が緑色に変化した。
細いので、2分ほどで引き揚げて冷水にとり、皮をむいていく。
予想通りではあるが、剥いてみると手帳用のボールペンのようなサイズになってしまった。
しかし見た目は姫タケノコと変わらない。
冷蔵庫にある塩豚を薄切りにし、一緒に炒めてみる。
味はというと…うん、かなりおいしい。
ほぼネマガリタケと同じ味だ。
アスパラガスにも似ている。根元がしわい(≒かたくてかみきれない 筆者は子供の時から使っているが周りにはあまり通じない。どうやら岡山弁のようだ)ところもそっくりだ。
これはお店で売られててもいい味わいだと思う。
惜しむらくはともかく小さい。100本くらいあれば楽しめるだろうが、なにぶん貴重な植物らしいのでそんなには採取できない。(ヤマビルに失血死させられるかもしれないし)
味見程度にとどめておくしかないだろう。
ということで今回のまとめ
・スズタケはおいしい
・ヤマビルの忌避剤はあまり効かない
・トレランはもっと低い山でトライするべき
・カメラの自動ピントは信用しない
評価
スズタケ:★★★★★★★☆☆☆ 一束(20本)1000円くらいなら採集の人件費も賄えるかしら
備考:★の数は味、採りやすさ、コストパフォーマンスで決めています。
価格は種類、味わいが近いもの、スーパーマーケットにおける価格から、「これくらいならお店に売られてても買っていいぜ」という金額を独断で決定しています。その際参考にしたものを後ろに記載しています。
*1 毒草を食べてみた(植松 黎,2000,文藝春秋)より
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