ウツボは美味しい。
関東の人はウツボを小馬鹿にしがちだが、釣具屋さんや漁師さんなど「真の魚喰い」には好んで食べられている。
南房では館山の「ウツボの干物」が特産となっているし、高知ではその栄養価の高さゆえ、妊婦や病人に食べさせるという文化が根付いているという。
ウツボの皮細工
さて、そんなウツボについていろいろ調べていると、しばしば「皮は財布などに加工される」という一文を目にする。確かに皮はきれいなトラ柄だし、ものすごく丈夫で分厚い。細工にしようと考える人もいるとは思う。
しかし、調べてみても実際にウツボの皮細工を見た、使ったという人を見たことがない。
google先生に聞いてもわからないし、ましてや職人の話など聞けようもない。
そういう、伝聞だけで広まっている話を聞くともやもやする。
実際に見てもいないのに、知ったかぶって話をすることはいい大人のやることじゃあない。
であれば、自分でやってみるしかないだろう。
ウツボハンティング@伊豆
黒潮の当たるところにならどこでも生息しているウツボだが、特に伊東以南の南伊豆には多い。
筆者がいつも行く某港では、水深が膝下ぐらいしかないところでもメーターオーバーのウツボが泳いでいるのを観察することができる。
その港はとても水深が浅いうえ、釣り糸を垂らせば仕掛けをぶちきられ、釣れた小魚も襲撃されて奪われ、カニかごを仕掛けてもウツボが入ってくるという、普通の釣り人にとっては悪夢のよう な場所なのだが、事情を知らない家族連れなどがしばしば来ては、蛇のような彼らと戦い竿を折られたり仕掛けを切られたりしている。
その横で、本気でウツボを狙おうなんていう酔狂な真似をしている筆者の、本気仕掛けをご覧いただこう。
…分かりにくくてすみません。
要は、水汲みバケツ用のロープの先に錘と天秤(釣りに使う、糸の絡みを防ぐための針金)をつけ、その先に石鯛用の5㎝くらいある針をひっかけたものだ。
糸は一切介さない。クエや石鯛用のPEライン10号とかならともかく、並みのナイロン糸では水面から出したあと、ウツボが軽く頭を振るだけでぶちきられてしまう。
釣竿も折られてしまうので使わない。
※石鯛竿をお持ちの方はそれで釣ればたぶん大丈夫です。
針にはイカや魚の内臓などの匂いの強い餌をつけ、足元に垂らしておく。
どんな餌にも食ってくる貪欲な魚だと思われがちだが、新鮮な餌でないとなかなか寄ってこない。新鮮であればかなり遠くからでも察知するらしく、以前魚を浜辺で捌いていたら、寄ってきて陸地まで上陸してきたこともあった。
また、餌を口にする時間も決まっているようで、30分に一度くらい、ウツボたちの活動が活発になる時間がある。
潮周りや満ち引きはさほど関係ないようだ。
時合いになるとあちらこちらの岩陰からぬるりと這い出し、餌に向かってくる。
足元の餌に数匹が群がり、威嚇しあいながら餌にかみついているのを見ると「今、海に落ちたら骨も残らないな…」と思えてくる。
この日は結局写真の1匹のみしか釣れなかったが、かなりの大物(メーターオーバー)なので満足できた。
そもそもこいつにはワイヤーを切られ、錘を削られ、一度は水面上に引き出したものの怒りのエラ洗い(頭を振って仕掛けを切ること)でリターンされ、4度目にしてついに堤防上に引き上げることに成功したのだ。
ウツボは陸に上がってからも相当危険で、手で針を外そうものなら指を噛みつかれ、ローリングでそのまま引きちぎられてしまうだろう。50㎝位なら上空に咬みつくことも可能で、一度それで流血沙汰も経験している。
今回釣り上げたときに、となりで釣っていた家族連れのお子さんが駆け寄ってきたので「危ない!!噛みつかれるよ」と言って静止すると泣きそうな顔でお父さんの方へ逃げてしまった。怖い思いをさせてごめんね。
あとお父さんそんなにドン引きしないでください。傷つくから。
その後も針を外そうとしてメゴチばさみをへし折られたり、クーラーボックスのひもに咬みついたりして大変だったが、無事川崎まで搬送することに成功した。
●ウツボの下処理と、ウツボ料理
さて、大いに苦労して手に入れた巨大ウツボ、皮を利用するだけでなく身の方もしっかりいただこうと思う。
釣った魚を食べることが供養になる、ということについてはやや懐疑的なのだが、自分が魚だったらせっかくだし食べてもらいたいなあとも思うので、基本的にキャッチ&リリースの釣りはしないし、毒で無い限りは美味しく調理して食べている。
その点ウツボの身は上等でとても美味しいのでありがたい。
夏場は磯臭いという人もいるが、皮を取ればかなり匂いが軽減するということを知っておいて損はないと思う。
たたきやから揚げにするときは皮があったほうが美味しいのだけれど…
まな板に載せるも、当然ながら載りきらない。
筆者の腕よりもはるかに太い。そして顔が怖い。
頭を落として肛門のところで切り、たっぷりの塩で表面のぬめりを取り去る。
背びれから包丁を入れ、ウナギでいうところの腹開きにする。こうすれば一番広い面積の皮が採れるだろうと思ったからだ。
今回はなんと卵もち、あまり匂わなかったのでこちらも料理に使うことにした。
内臓を取り去ると綺麗な開きに変貌。中骨も取り去り、準備はOKだ。
さて、一番大事な皮を採る。
最初は包丁で皮を引こうと思ったが、皮下組織が分厚くどこまでが身なのか分かりにくかったため断念。
ダメもとで皮を持って引っ張ってみると…
綺麗に剥けた!!
そうか、こんなに簡単に皮が剥けたら、こちらも何かに加工したくもなるかもしれない。
自分のやろうとしていることに光明が見えてきてうれしくなる。
分厚くて加工しやすそうだし、光沢もあって模様もきれいだ。
これはかなり期待できそう。
でもその前に、身の方の下ごしらえを終わらせよう。
フグやホウボウを想像させるような弾力と綺麗な色味を兼ね揃え、臭みもなく上等な肉なのだが、唯一にして最大の欠点は骨。
・骨の処理について
ウナギやアナゴのかば焼きを食べているときに、少し舌にあたる毛のような小骨が、全てタイの中骨のような鋭利さと太さを兼ね備えていることを想像してもらえれば分かりやすいだろう。
これは皮を引いた後、肉の表面を埋もれている骨に沿って削いで行くと一気に取り去ることができる。
詳しくは別記事へ
高知名産のウツボのたたきでは皮がついたまま加工するが、一部の業者ではレントゲン写真で骨の位置を確認し、抜き取っていると聞く。
我々素人はそこまではとてもできないので、骨が嫌なら皮を採って加工するしかない。ちなみに上半身の腹側は小骨がないので、刺身やたたきにするときはそこを使うとよいかもしれない。
下ごしらえ完了。あとは鍋でも刺身でもたたきでもなんでもござれ。フグより美味しいよ。
ウツボの皮なめし
さて、再び今回の主役、皮の処理に戻る。
このままだと当然腐ってしまうので、防腐処理をして“革”細工にできるよう加工しなくてはならない。
いわゆる鞣し(なめし)という作業だ。
難しいことは専門家ではないのでよくわからないが、「皮」のコラーゲンをタンニンで変質してあげることで、腐敗しない「革」へと変化させることができるらしい。
産業的にはクロムが使われている。他にもインドなどでは鳥の糞で鞣したりするともいう。
今回は、手軽に材料が手に入り、口に入っても安全な「植物性タンニン鞣し」と「ミョウバン鞣し」に挑戦してみることにする
・植物性タンニン鞣し
これは簡単で、市販の緑茶を飽和するくらい濃く煮出し、それに漬けておく。
1L強の水に、なんと300g近い茶葉を投入。
匂いだけで目が覚めそうだ。泥水のような超高濃度茶が出来上がった。
これをしっかり冷ましてからジップロックに移し、皮を漬け込む。
漬ける期間がよくわからなかったので、1週間ほど漬けてみた。
こんな感じで漬けている。
3日目くらいから明らかに皮が硬化していくのがわかった。
出来上がったものがこれ。
予想以上に黒く染まってしまった…すっごいヘビ革みたい。でも、これはこれで風味があるかも。
よく調べてみると、植物性タンニン鞣しは革に独特の色合いと質感を与えるのが特徴だという。つまり、わざとダークな色調にするために使うようだ。
ウツボの美しい黄色が消えてしまったのが残念だが、まだら模様は残っているので良しとしよう。
とりあえず干して乾燥させる。
ミョウバン鞣し
これも手順はとても簡単で、ミョウバンと塩化ナトリウムの水溶液に皮を漬け込んでおくだけである。
ミョウバンは薬局で、食品添加物として売られているものを使用する。
漬物の発色や、ウニの保存料として有名だが、皮も鞣すことができるらしい。
昔よく草木染の色止めに用いたのを思い出す。
どこの薬局にも売られているようなイメージを持っていたのだが、5軒ほどまわってやっと見つけることができた。
なお1軒目と3軒目の店では、ミョウバンありますか?と聞くと迷いなくワキ用デオドラントスプレーコーナーに案内された。
ライフハック系番組で取り上げられて注目されているらしく、そっち方向の用途だと思い込んだんだろうけど、ちょびっとだけ傷ついた。
焼きミョウバンは鞣しには避けた方が良いと参考にしたウェブページに書いてあったが、生のミョウバンは扱いづらく、そもそも市販されていないので今回は焼きミョウバンにした。
熱めの湯1Lに、一袋(200g)すべて投入し溶かす。なかなか溶けないが、放っておくと次第に溶けていく。
そして、20gの精製塩。本当は純粋な塩化ナトリウムが良いらしいのだが、そんなものはないので食塩で代用した。これも合わせて溶かす。
できた水溶液をジップロックに入れて、皮を漬け込み、こちらも10日間ほどおいておく。
3日ほどすると、皮に皺がより、丈夫になってきたように見える。
果たしてこの時点では「皮」なのか「革」なのか。
10日ほどして液から取り出してみると、皮の裏側がぶよんぶよんになっている。
どうやら、皮下組織が表皮から分離し、はがせる状態になったようだ。
手で剥いてみると、面白いようにはがれていく。
完全に剥がし、ベランダに陰干しした。
この時点では食品とあまり変わらないような気がしていたので、カラスに持って行かれてしまわないようにザルをかぶせておいた。
干しあがった革がこちら。
綺麗な黄色が褪せてしまったのが残念だが、光沢や透明感があり、独特のトラ柄があってなかなか良さそうだ。丈夫さもある。
半信半疑でやってきたが、本当に魚の皮が革になるんだなぁ…
無事完成…と行きたいが、一つ、大きな問題があった。それは一体!?
以下、次回へ続く。
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